【2002年12月】
12月31日(火) いままでの経過
2001年は時宗日記、
2002年は続(続)・時宗日記でした。
2002年が「利家とまつ」日記でないのは、どうも波長が合わなかったからですけど、
総集編は、いろいろ面倒くさい部分が削除されていてよかったです。
最終回の、ややこしい階層構造回想も整理され、
死霊のズンドコ踊りもなくなったことで、
利家はようやく刀を捨て、修羅道から脱したのだと思えました。
(山岡壮八の徳川家康とは違って)
利家は最後に、刀ではなく、まつの手を握ったのです。
(下の下手な絵tosimatu.jpgを参照してください・・・汗)なぜか本放送のときは見落としてました。
まつが臨終の利家の手を握り、
荒子の栗の木の下で利家の魂が、まつの手を握り返す・・・、
変化する金沢城が残っていたのもナイス。
京の映像が「北条時宗」の使いまわしということは、
このさい目をつぶりましょう。鎌倉時代から変わっていないなんて・・・・
まつの父が徳川家康が参加していた今川軍に殺されたという伏線は、
全然伏線になってなかったので、カットされたのも当然ですね。
また、パースの狂っていた時雨亭の俯瞰も、カットされていて、
精神衛生上とてもよかったです。
トシマツの文句ばっかりいってたような気もしないでもない
○続続・時宗日記。
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tosimatu.jpg
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