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「赤松太平記」
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プロローグ・国書来る

蒙古から来た一通の国書は、
国論を二つに分けた。

幕府執権・北条 時宗を中心とする勢力は、
返書するべきでないと主張した。

一方、朝廷のほとんどは、
返書して通交すべきだと主張した。

六波羅探題南方にいた北条式部大夫時輔(北条 時宗の庶兄)は、
朝廷に影響されてか、通交すべしとの意見を持っていたらしい。

――鎌倉幕府は国論を統一するため思い切った策を取った。

同族の誅戮(ちゅうりく)である。

得宗家に対しあまり柔順でなかった名越流北条家の名越 教時を
「謀反の企てあり」として誅殺、
名越流リーダーの名越 時章の命をも
「手ちがい」
うばってしまう。

このとき、
「手ちがい」を犯した得宗被官6人が、
斬首に処せられている。

得宗被官・平 頼綱
「なんということだ・・・・」

さらに2月15日、
六波羅北方の北条(極楽寺流)義宗に、
六波羅南方の北条 時輔を攻めさせ、
その命をうばう。


北条(極楽寺流)義政
「これで、執権どのに逆らうものは
 だれ一人としていなくなりましたな」
幕府執権・北条 時宗
(フフフ・・・・)

鎌倉の人々も、京の人々も
心の底から恐怖した。
(同族ですら、かくのごとく誅するのだ。
 ならば同族でないのなら?)
 

一方、北条一族の真の実力者・極楽寺流の者は、
こう考える――

(あとは来るべき戦にさえ勝てば
 北条家は磐石(ばんじゃく)となる・・・)

(勝つのだ!)




みなさん、こんにちは、pc円心です。解説を担当いたします・・・
このマスコット(?)による文末の解説と言う形式は、
じつは、徹夜城さまの「室町太平記」のパクリです、すんません。
ついでにいうと、このPC円心自体が、PCエンジンと、上郡町の「円心くん」のパクリだったりします・・・・本当に、すんません。

では、本題ですが、・・・・あんまし、言う事は無かったりします(爆)。
まあ、極楽寺流が、北条氏の真の実力者だった・・・という仮説は、
この物語の(北条氏サイドにおける)重要な要素になるので、ちょっとだけ解説いたします。

まず、この物語では(「北条時頼しのび旅」もそうですが)、
北条 時宗の母が、北条(極楽寺)重時の娘ということになっています。
某大河ドラマのように、「毛利 季光の娘」説を取りません。
(実は前者が定説で、後者は可能性の少ない異説です)
北条 時宗は、父が得宗&母が実力者の娘だったのです。

一方、時宗の異母兄・時輔は、母が幕府女房讃岐局という何の後ろ盾もない人物でした。
しかし、逆にいえば、血縁に物を言わせて他からコントロールできない純然たる得宗・・・とも言えます。
極楽寺流は、そのことを怖れたのかもしれません。

得宗と言う権威が、権力をも持っていた時代は、5代執権・北条時頼の代で終わってしまったのだと考えます。いや、時頼も、しゅうとの重時に振り回されてたのかも・・・
あとは、外戚や身内人などの、取り巻き連中が、得宗の権威をバックに、権力を行使し、
得宗にどれだけ近いかが、権力の源泉となった・・・
「霜月騒動」などを見ていると、そんな思いが強くなります。

意外に長くなってしまいましたね、
まあ、気にせず、絵だけ見るとかでもいいですから、
よろしくおねがいします。
(2002年12月加筆)

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